![]() 相続の沿革と現状 |
What is Inheritance? |
![]() 相続に関する税務相談を担当していて実感するのは、遺言書 を書く人がいかに少ないかです。 遺言をずる人は死亡した人の中でもほんの10%くらいのようです。大多数の相続では遺産分割協議 が行われています。分割協議をスムーズに成立させる秘訣は、仕切る人間(多くの場合長男)が財産取得の面で譲歩することです。この態度は弟や妹にも伝播し謙譲の美徳が事を解決する良例となっています。 |
反対に、長子が「全部もらって当然」と考えると協議はこじれにこじれます。ところが事実は小説より奇なりで、私が経験したところでは、晩婚化が進み、上の方はさっさと独立して自分で住居を買い、下の方が親と同居していて(パラサイトシングルのケースもあり)面倒を見ているので自分がもらって当然と考えます。 親は、同居している子には「いつも世話になってすまない」と言っておきながら、離れて暮らしている他の子には長男(末子)やその嫁のことに不満をこぼし、彼らは「兄貴(弟)は親の面倒を十分に見ていないし、住居費も只でぬくぬくと暮らし住宅ローンにも苦しんでいない」と思うに到ります。 |
![]() 税務署は誤魔化せても他の相続人は誤魔化せません。 税務署や区市役所は税金を少しくらいちょろまかしても大目に見てくれますが、亡親の財産を分けるとなるとちょっとした誤魔化しに対し兄弟など身内の目は厳しいです。だから骨肉の争いに発展することも多い。相続人の相続人に対する戦いが始まります。 |
![]() 相続について均分相続を定めた戦後民法が新たな問題を引き起こしたことは間違いありません。 それは均分相続それ自体が紛争の種であると同時に、相続に関する日本の古い考え方との葛藤が原因です。個別の相続に当たって、家制度の残滓が、均分相続が前提とされる現在の相続の枠組みにも濃い影を落としています。 旧民法の家制度の下では、家督相続と言って原則として長男が戸主の全財産を相続し、戸主の地位を継ぎました。つまり、財産は家に帰属したので戸主はその管理者に過ぎませんでした。相続は管理者の交代であって相続人の意思とは無関係な法律事実でした。 また次三男等には土地や建物を分け与えて分家に出し、女の子にはきちんと結婚させたので格別に問題は起きませんでした。 |
![]() これを日本の旧来の伝統のように考える人が多いと思いますが、実は違っています。 確かに江戸時代には、武家社会は長子相続制が支配していました。 町人社会にあっては分割相続がありましたし、また営業維持のために必ずしも長男でなく商売に向いた弟による相続も行われました(西武堤家の例参照)。子に適任者がいないときは奉公人の中から能力のある者を養子に取って継がせるのもかなり普遍的でした。農村にあっては分割は農業の零細化につながるので、分割相続は行われにくかったが、それも(男女を問わぬ)長子相続に限らず、末子相続もありました。 明治時代になると、天皇制イデオロギーの源泉である封建的家父長制の維持のため、長男子相続制を教育によって全国民に制度的に確立させました。これは終戦まで続くのですが、現在でも農村ではこの考えが根強く残っていると思われます。 |
![]() 現在でも遺言は例外的にしかされていませんが。遺言は、死後の財産の行方を自分の意思で決めるという意味で、私的財産権の最後の行使の機会となっています。それも一回切りの財産移転の意思表示であって、その財産の相続者が死んだ後の帰属先まで指定するものではありません。 遺言に従って相続する側もまず相続人の承認 (単純・限定)を待って初めて財産権が移転すると考えられますから、(遺言による)相続自体は亡くなった人の単独行為ではないわけです。 例えば日本では親の債務を引き継ぐことは親の名誉を維持する「親孝行」とされ、限定承認(注)は社会からの道徳的非難を受けなければなりませんでした。一方、外国では相続とは債務を含む権利関係の承継と見るので、むしろ限定承認が原則とされています。 このように現在に到って相続を相続人の意思にかからしめるようになったのは、素人考えですが、交換経済が発達し金融制度が整備され、一般人が不動産などを担保とすることによってたやすく金融を受けられることから生ずる消極財産が増加し、相続にリスクが生ずるようになったことが原因だと考えられないでしょうか。 終戦後の経済復興のため、傾斜生産方式などの開発独裁政策により、新民法の施行と相俟って、その経済効率性から、江戸時代の町人社会の相続の形態が全国に波及したのは歴史の必然でしょう。その時代の所有の歴史的形態や生産の諸関係の変化が法制度にも影響を与えたというのは青臭い考えでしょうか。 (注)親の債務を限度として親の財産を相続すること |
![]() 実際に親が死んだ場合どうするのか。遺言することは自由としながら、法定相続分 を定め、遺留分の規定を置いています。素人にはよくわかりません。遺言に反して法定相続分を主張することは認められるのでしょうか。 (1)遺言がない場合 法定相続人全員で相続に関するいっさいの事情を考慮して遺産の分割協議をします。 分割協議がまとまらない場合は、家庭裁判所に調停の申立て をします。それが合意に至らなければ家事審判の手続きに移行します。法定相続分は裁判沙汰になったときに持ち出す(又は裁判官が決める)相続分であるとされています。 (2)遺言がある場合 遺言の記載の通りとなり、それが法定相続分に従っていなかったりしても関係ありませんし、他人に財産を遺贈する旨書かれていても効力に問題はありません。 法定相続人全員の合意があれば遺言と異なる分割することもできます(財産を遺贈された他人が辞退すればその財産についても分割協議をします)。 遺言によって遺留分(一定の場合を除き法定相続分の2分の1)を侵害された相続人は、相続の開始及び減殺すべき贈与または遺贈があったことを知った時から1年以内に限り、遺留分の減殺請求をすることができます。 |
![]() 積極財産だけとは限らないので故人に債務があるかどうか確認します。 相続の放棄又は限定承認 は、銀行に多額の借金がある場合、隠れた債務が見つかったとか他人の借金の保証人になっている場合には有効な手段となる場合があります。 上記のような理由で放棄する場合は、相続人の異動を生じ、新たに他の相続人が故人の借金を背負うことになるので、相続人全員での放棄が得策です。また限定承認は故人に譲渡所得税の問題が生じたり、財産が競売によって手元に残らないこともあるので弁護士に相談する方がよいでしょう。 なお放棄又は限定承認は相続開始後3ヶ月以内(熟慮期間)にすることが必要ですが、故人に多額の債務があることを知らなかったことにつき相当の理由があるとき、または相続財産が全くないと誤認するにつき相当の理由があるときには、正しく認識した時から熟慮期間が始まります。 |
![]() 分割協議がまとまらないときにとりあえず不動産などを共有 にしておくことがあります。 税理士はこれを遺産の分割問題の先送りとして 推奨しておりません。共有物件は相続人が事業上の必要から持分を担保にして銀行の融資を受けようとしても銀行は認めてくれませんし、税務署も物納財産として収納してくれません。その必要がなくても次世代の相続で相続人の数が増え、権利関係でもめ容易に決着しないことが多いようです。 税務では不動産の相続分による共有登記は分割として扱われますが、相続人が単独で法定相続分による相続登記をしたときは、他の相続人が知らない場合もあり、 税務署では分割協議書を付けないと小規模宅地等の特例などの適用にあたって未分割 とされてしまうので、注意しましょう。 |
![]() 葬式費用 に備えて相続開始直前に預金を引き出すことは多いです。相続税が安くなると考えるのは問題外として、死亡が銀行に知れると引出しは厄介なことになります。ただし銀行が知ることになるのは若干遅れることもあり、キャッシュカードの暗証番号を故人から知らされていれば死後でも引き出せることはあります。ただし、人体認証のATMではこれはできません。 遺産分割協議書を提示すれば各人に引き出してもらえることがありますが、それでは協議が成立するまで待たなくてはなりません。手っ取り早く引き出す方法は銀行所定の申請書に相続人代表が他の相続人の委任状と実印をもらって戸籍謄本や必要事項を書き込み提出すれば、払戻しを受けることができます。 |
平成26年12月15日 |
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